黄燐弾(黄リン弾)または白燐弾(白リン弾)または燐酸弾

名称

英語での表記はWhite Phosphorus(WP) bombもしくはshell(砲弾の場合)。white phosphorusの標準的な訳語は黄燐ですが白燐と訳されることもあります。
日本語では弾種ともあわせて黄燐弾(黄燐焼夷弾、黄燐煙幕弾)、黄燐爆弾、黄燐砲弾、黄燐榴弾、黄燐手榴弾(grenade)、燐酸弾、燐酸榴弾白燐弾と多種多様な訳語があります。
英語名が同じでも機能は煙幕兼焼夷弾、照明弾、信号弾と多様であるため英語名からだけでは機能を断定できません。

黄燐及び関連化合物

黄燐弾の材料である黄燐は致死性の猛毒。接触は化学火傷を引き起こし、吸い込めば肺水腫の危険性が、目に入れば失明の危険性があります。
燃焼時に白色の煙をあげ、その煙の主成分は黄燐の酸化により生じる五酸化燐の固体微粒子と五酸化燐と空気中の水分の反応により生じる燐酸の液体微粒子。この白煙自体の殺傷力は低く少しくらいなら吸い込んでも殆ど生理的な害はないとされています。
ただ、五酸化燐も燐酸も強い粘膜刺激性を持ち眼球、喉、肺を痛めつけ、催涙ガスと同様な効果を発揮します。
黄燐の融点は摂氏44度、沸点は摂氏280度。空気中に置くと表面から酸化し、蓄熱の結果、摂氏60度で自然発火します。常温ではほとんど気化しませんが、浮遊粒子が急速に有害濃度に達することがあります。

基本構成

煙幕兼焼夷弾の黄燐弾は基本的に黄燐と爆薬で構成されています。爆薬の配置や量を変えることで飛散する燐片の大小、到達距離、焼夷効果、殺傷威力が変化します。
照明弾には落下傘が付いていて長時間周囲を照らし出すためにゆっくり降下するようになっています。
信号弾には煙を着色するための添加剤が含まれます。

使用上の注意

煙幕兼焼夷弾を煙幕として使用する場合は黄燐の破片が当たらないように爆発時は遮蔽物の陰に隠れるか爆発の範囲から距離を取るかする必要があります。

分類

黄燐は焼夷剤の一種であり、焼夷兵器に分類されます。
焼夷兵器は現在では通常兵器という解釈が主流ですが、二昔程前までは化学兵器という解釈が主流でした。焼夷兵器は物理エネルギーによる破壊を目的としている点では通常兵器ですが、窒息死、中毒死等、その効果においては化学兵器であり、化学兵器と通常兵器の灰色領域の兵器です。

対人使用は条約違反

黄燐は猛毒のため対人使用は陸戦法に違反します。
また、黄燐による熱傷は非常に苦痛に満ちているため、その対人使用はジュネーブ条約違反と条約解釈されています。

特徴

焼夷効果は低い

黄燐の炎の温度は摂氏約1000度にも及び油脂と大差ありませんが、焼夷効果は油脂に劣ります。これは燐酸が耐火皮膜となり燃え移るのを阻害するためです。そのため焼夷効果における評価は穏やかなものとなります。
しかしながら、ハンブルク空襲に見られるように大量に使用されれば十分な焼夷効果を発揮します。

火が消えにくい

黄燐は燃え出すとその炎は非常に消えにくく、秒速数十メートルの強風でも消えません。燃えている黄燐が体にくっついた場合、揉み消そうとしたり地面を転がったりして消そうとしても消えません。

活動妨害効果が高い

白煙による視界遮蔽と催涙効果で行動を制限します。
また消火しても乾くと再発火するので消火活動妨害効果は非常に高いです。

対金属効果もそれなりにある

約1000度にも及ぶ燃焼温度は融点の低い金属を溶かしますし、燐酸は多くの金属と反応するため対金属効果もそれなりにあります。

殺傷力は高い

黄燐弾の爆発で飛び散った燐片がぶつかると自らの燃焼熱で溶けた燐片が衣類を浸透して体に食いつくため、難燃性繊維の衣類を着ていても防ぐことはできません。また、不完全燃焼により生じる蒸気にも殺傷力があり、これも防御困難です。
その防御困難性からエレクトロン弾や油脂弾と比べて熱傷を負う確率が高くなっています。
黄燐弾が至近距離で爆発した場合、全身に重度の火傷を負うことになります。
黄燐の破片は人体にくっつくと中々取れません。そして、くっついた所を高熱で焼き尽くしながら人体内に潜り込んで行きます。そのため黄燐の破片は人体にぽっかりと黒い穴を開けることもあります。
燃えている黄燐は水で消火可能ですが、水をかけると煮えたって飛び散ります。そのため、燃えている黄燐が体にくっついた場合、不用意に水をかけるとかえって熱傷の範囲を広げることがあります。

ただし五酸化燐と燐酸による白煙の殺傷力は低い

白煙の主成分である五酸化燐と燐酸も危険物であるものの、少しぐらいであれば吸い込んでも生理的な害は殆どありません。高濃度のものに長時間さらされた場合は別ですが。

戦術

無力化兵器と殺傷兵器を併用する戦術

敵を無力化する兵器と敵を殺傷する兵器を併用すれば、敵の反撃を受けずに一方的に攻撃できます。
このような戦術の使用例としては、ベトナム戦争における米軍が挙げられます。当時、米軍は催涙ガスなどの非致死性化学兵器と通常兵器を組み合わせて使用して敵の掃討を行なうことがありました。記憶に新しいところではロシアの劇場占拠事件における特殊部隊によるテロリスト掃討が挙げられます。あの事件では劇場内の人間を無力化するために非致死性化学兵器を劇場内に用いたわけですが、人質の中に化学兵器による死者がでました。ベトナム戦争における非致死性化学兵器使用でも化学兵器による死者がでましたが、いかに非致死性に分類される化学兵器であろうと使用条件によっては死ぬことがあります。老人や子供や心肺機能に問題を抱える人はより死ぬ可能性が高くなります。

焼夷兵器と殺傷兵器を併用する戦術

焼夷兵器と殺傷兵器を併用する戦術は、通常、焼夷兵器で遮蔽物(建造物等)を焼き払ったり、焼夷兵器による火と煙と毒性物質で(逃亡や消火のために)標的を遮蔽物から出させたりした上で、遮蔽物を失った標的を殺傷兵器で攻撃することを目的に行われます。標的に「遮蔽物にこもったまま焼死・窒息死・中毒死」と「遮蔽物を出て殺傷兵器による攻撃を受ける」の二択を迫るわけです。

黄燐弾は無力化兵器と焼夷兵器と殺傷兵器を兼ねる兵器

煙幕兼焼夷弾の黄燐弾は白煙による遮蔽効果と催涙効果による無力化効果、黄燐の燃焼による焼夷効果、燃える黄燐の破片を撒き散らすことによる殺傷効果を兼ね備える兵器であり、第二次世界大戦の頃より面制圧兵器として使われてきました。
無力化兵器と殺傷兵器を兼ねた兵器としての使用例としては第二次世界大戦におけるドイツ西部戦線での米英軍による使用が挙げられ、焼夷兵器と殺傷兵器を兼ねる兵器としての使用例としては第二次世界大戦における日本軍によるガダルカナル島米軍基地に対する三式弾を用いての艦砲射撃が挙げられます。


参考文献
図解科学昭和18年11月号
生物化学兵器
戦争における「人殺し」の心理学
本当の戦争
彼らは来た