影響力の武器

影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか」は騙されやすい人に是非読んで欲しい書籍。
人間が高い確率で行なう自動的行動を利用した承諾誘導技術とその対抗法がこの本の主な内容です。
動物が刺激特徴に対して自動的行動*1をするように人間もまたある種の引き金となる特徴に対して高い確率で自動的行動を行なうことを示した上で、自動的行動を引き出す鍵を返報性、コミットメントと一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性に分類し、それらについて事例紹介と統計で分かりやすく解説。
本の内容自体は承諾誘導技術やその対抗法に長けた人間には常識的なものですし、研究手法も妥当なものですが、その妥当な内容ゆえに社会心理学の入門書としてとてもよくできた本です。
個人的にはこの手の本を公教育で広く教科書として使うべきと思います。悪徳商法やカルトから身を守る技術を身につけさせるために。民主主義を衆愚政治としないために。*2
人間が自動的行動をしがちな生物であることを知り、それを利用した承諾誘導技術の対抗法を身につけることは、各種宣伝に対する心理的防御を構築する上で役立つからです。


以下、自動的行動を引き出す鍵の簡単な解説。承諾誘導技術ではしばしばこれらの鍵が複合利用されます。

返報性

返報性は何かされたら何か御返しをしなければといった心理。人間には報恩の義務が心理的に組み込まれているというわけです。
その何かは受け取る人に無価値なものでも(受け取ってすぐに捨ててしまうようなものでも)、御返しとして承諾(何がしかの募金など)を引き出すことに強力に作用します。

コミットメントと一貫性

ここでのコミットメントは判断や行動をさします。
一貫性は以前のコミットメントと筋の通るコミットメントをしようとする心理。
一貫性は社会的評価において重要な要素ゆえ、人間は以前に成したコミットメントに縛られやすく、それを利用した承諾誘導技術に引っかかりやすくなります。
重要なのは強制されたコミットメントの心理的効果は低いということ。
自分の意思でした(あるいはしたと思い込んでいる)コミットメントが一貫性原理で人を縛ります。そのコミットメントが周知であればあるほど後戻りできず、自分の意思で払った犠牲が大きければ大きいほど後戻りできなくなりがちです。そして、それはカルト集団のようなビリーバーへの道ともなります。

社会的証明

社会的証明はある条件に対して多くの人間がとる行動を正しい行動と認識する心理。
社会的証明は自分と(人種、文化、服装、年齢、性別といった条件が)似ている人ほど強く働き、見ず知らずの人(知人関係にない人)ほど強く働き、周囲に人が多くいるほど強く働きます。
人間には「大勢のすることは正しい」という刷り込みがあり、社会的証明がされた行動を模倣しがちで、それを利用した承諾誘導技術に引っかかりやすくなります。*3
また社会的証明は集合的無知も引き起こします。人は判断に困ったとき、周囲に同一条件に置かれた人々がいる場合、(行動に対する社会的証明を得るために)その人々の行動を参考にしようとします。そして、その人々も判断に困り何もしない場合、何もしないという行動が正しい行動として認識されてしまい、それは緊急の事態に対して誰も何もしないという愚かな状況を生み出すことになります。
群衆の目前でおこっている事件(殺人、暴行、事故、急病など)において、被害者を目の前にしても誰も助けないという現象も集合的無知で説明できます。
こういうことが都会で起こりやすいのは、都会は社会的証明が成され易い条件が揃っているからというだけのことです。田舎の人間が暖かく都会の人間は冷たいということでもなく、特定の国民が冷酷ということでもありません。

好意

好意は承諾誘導に強く作用する心理です。好意をもった相手には心を許しやすくなり、そこに承諾誘導技術の付け入る隙が生まれます。
その好意を得る鍵としては容貌の影響、類似性の影響、御世辞の影響、共同活動の影響などが挙げられます。
容貌に優れた人が昇進しやすく高給を得やすく免罪されやすいことなどは統計的に証明されています。容貌により得られる好意がこのような結果をもたらすわけです。同一行動でも容貌が良ければより良く見られ容貌が悪ければより悪く見られます。
類似性(共通の趣味とか)、御世辞(ただし過度な御世辞は逆効果)、共同活動は好意を得るために役立ちます。
遠く離れた異国で同国人に会った場合や自国語を話す人にあった場合も類似性に基づく好意が強く作用します。その同国人や自国語を話す異国の人が善人とは限らないにも関わらず。

権威

権威もまた承諾誘導に強く作用する心理です。人は権威に服従しやすく、その影響力はしばしば予測を上回るほど強力です。
見ず知らずの他人に頼みごとをし、それに他人が従う確率を調べる実験では、頼みごとをする人が普段着の場合と警官の制服を着た場合では圧倒的に警官の制服を着た人の方が確率が高くなります。
権威は実態を伴っていなくても強く作用します。見かけだけでも十分な効果を発揮するのです。
医学博士を演じて著名となった役者が健康食品の宣伝を請け負うとその商品の売り上げが急増するというように。その役者は医学博士ではないというのに。
人は権威のある人の行動に追従し権威ない人の行動には追従しません。そして、人を追従させるための権威は服装や装飾品といった見かけだけでも足りるのです。

希少性

人間はある種のものに対して希少性が高いほど貴重で価値があると思いこむ傾向があります。
それゆえに人は手に入りにくいほど数が少ない状況を騙る承諾誘導技術にかかる確率が高くなります。
同じものを求めて競合する相手がいる場合、機会が時間的条件などで限られている場合、心理的な価値はさらに引き上げられる傾向があります。
希少性と競争性と機会制限の組み合わせは、人間の「欲しい」という感情を焚きつけ、販売における承諾誘導に役立ちます。オークションはその典型といえるでしょう。


大事なのは承諾誘導技術自体に善悪は無いということ。技術を善に用いるか悪に用いるかは人間次第です。

影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか

*1:親鳥の幼鳥に対する給餌行動など

*2:プロパガンダの本ではないので返報性における「復讐の義務」などの記述はありませんが、自動的行動の利用で操られた「衆愚」とならないために役立つことでしょう

*3:同調圧力としての利用例とか