2007年8月11日のコメント収集

「謝罪」

◆ 美しい壺日記 ◆ 「慰安婦決議案が可決」日本はどうするべきか……。のMeifumadoh氏のコメント。

>>土下座外交
こんなイヤな語も無いですが、でも例えば戦後ドイツなんかだと「謝罪」なんて事より、実を伴う具体的な政策…例えばトルコ系移民への積極策とか、ナチ戦犯追求への時効廃止とか、表現の自由を曲げてでもナチ礼賛を禁止するとか、他国から文句をつけにくい「実践」ってヤツを伴って動いてきたのです。ネオナチとか歴史修正主義とか色々ありますけど、「オレの戦後の誠実さにケチはつけさせないぜ」と、ドイツ自らが啖呵を切れるだけの事はちゃんとしてきた訳です。


翻って日本の場合は、戦後の借款やODAで侵略先各国への国家賠償を兼ねさせ、日本国内での侵略戦争美化や隣国蔑視・敵視は放ったらかしのままずっとごまかしてきたみたいで。
要は金とモノだけあてがえばモンク無ぇんだろ?!っていう態度ですから、「真摯さに欠ける」だの「腹の底では反省してない」だのと外国から言いがかりを付けられてツッ込まれうる部分を、改めずにずっとやって来た訳です。
これじゃまるでモノとネット回線でだけ外界と繋がるヒッキーキモオタクみたいですが(w、そもそも東西冷戦構造下、奇跡的にモノと金だけで大国になってしまえた戦後日本自体が、そういう対外関係ってなモノをろくに努力せずに来たという経緯がある気もします。

日本の過去の戦争犯罪が未だに国際的に問題となり揉めるのは、日本の戦後処理がドイツと比較して拙いのも原因の一つ。

人治主義

とりあえずメインカルチャーでは、裁判員制度をめぐる議論……いやそんな上等なもんじゃねえ、吹き上がりが典型であろう。民度の低さではもはや2ch並のmixi日記で、いかにも世の人々の癪に障る凶悪犯が逮捕されたり、判決が出たりするたびに「さっさと裁判員制度導入してこんな連中即刻死刑にしろ」と叫ぶ者のなんと多いことか。極刑を下さざるを得ないような重大事件ほど審理を慎重に行わなければならないのは大原則であろうに。「一般庶民の感覚と司法が乖離しすぎている」と彼らは言う。あのなあ、専門知識もない大衆様の気分に任せて安易に裁かれてたまるか! 何のために法律の専門家がいて、膨大な法典と法学が存在すると思っているのだろう。そう言うと「こいつらは法律のことばかり勉強して人情のわからぬバカになっている」と主張する。ティピカルなエリート批判ありがとう。そんな「お代官様、おれたちの気に入らないやつを懲らしめてやってくだせえ」なんていうレベルの低い人情を後生大事に有り難がられても困る。ましてや「なんでおれたちの税金を、こんな糞野郎を何年も刑務所でメシ食わせるために使わなきゃならねえんだ」などとドン百姓根性丸出しでのたまうに及んでは……。それで、「お代官様も学者先生も信用できねえからおれたちで懲らしめてやる」と裁判員制度が支持されていくわけだが、この反権力の姿勢、彼らが左翼人権屋と呼んで非難してやまない死刑反対派弁護士とまったく同根である(そして反インテリ・反プロは左翼の専売特許)。ついでに言えば、法律は糞だと叫んで人情に基づいて処断しようとする態度は、彼らの大嫌いな中国にはびこる人治主義そのものだ。そのことに気づいているのだろうか?

http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20070809/1186677549

情に流されることを否定することを「情が分からない」と解釈して相手を「悪魔化」する「人情派」な人々の姿。
私は、人間が情に流されて判断を誤ることや情への刺激に対する自動的反応で扇動されることを克服できる方に賭けていますが、こういう反応を見る限りでは分の悪い賭けなのかもしれません。
人間がそれらを克服できず、人間を統治する方法としては衆愚扇動政治が適しているというのであれば、それはそれで仕方が無いことと思います。
まあ、分が悪いとしても、克服できないことが確定的になるまで、せいぜい足掻くことにします。
人間がそういうことを克服できないというのは、あまりにも絶望的ですから。