歴史群像アーカイブVOL.1 知られざる特殊兵器

歴史群像アーカイブは学研の雑誌「歴史群像」の過去記事をジャンル別に再録した書籍です。
VOL.1は列車砲や動物兵器といった特殊兵器に関する記事を再録。最も古い記事は1999年のものですが、多くの記事は2004年から2006年に掲載されていたもので、あまり昔のものではありません。近年のバックナンバーを所持している人には、記事の検索性の向上以外は購入してもあまりメリットがないのではと思います。
記事自体は基本的なことは抑えられていて、かつ背景事情や問題点についても記述されています。
例えば、因果関係の証明の困難性から不毛な口論となりがちな劣化ウラン弾による健康被害に関しても、以下のようにその問題が記述されています。

硬質で比重が重く、燃えやすいという特性の他に、劣化ウラン放射線であるアルファ線を放出する性質がある。濃縮過程における廃棄物である劣化ウランは、U-238の割合が高くなっている。U-235よりもU-238の方が単位重量当たりの放射線量は少ないので、劣化ウランは天然ウランよりも放射線量が約四〇パーセント少なくなっている。
ただ、劣化ウランは酸化しやすく水に溶けやすいという性質があるため、野外に放置された場合、土壌や水質を汚染することになる。つまり劣化ウランの危険性とは、放射線量が微弱でも長期間にわたり生物を被曝させることにあるのである。

しかし、燃焼や命中の衝撃によって、劣化ウランは生物が吸入しやすい細かい粒子となる(エアロゾル化)。これを吸い込むと、放射性物質により体内被曝を生じ、白血病や各種の癌、催奇形性といった障害が生じるが、ウラン自体が重金属中毒を起こす物質なので、放射能障害以外の腎臓障害や肝臓障害といった、各種の内臓疾患も引き起こす。
すなわち劣化ウラン弾による生物学的な被害の仕組みは、命中すればエアロゾル化して生物の体内に吸収されて放射能障害と重金属中毒を引き起こし、命中しなくとも、土中にもぐり込んで長期間にわたって土壌と水質を汚染することになると言えよう。

歴史群像アーカイブVOL.1 知られざる特殊兵器(Amazon)P85より。

こうした航空機や車載機関砲での劣化ウラン弾の使用は、一発の劣化ウランの量は少なくても、膨大な数が広範囲に散布されるため、広い範囲が汚染される傾向があるが、このボスニア紛争コソボ内戦におけるPKO任務からの帰遊兵にも、「湾岸戦争症候群」に類似した症状を訴える兵士が多数、現れた。これらは現在「バルカン症候群」と呼ばれている。
この戦場では特別な化学プラントの破壊もなく、炎上した油田もない。また、生物兵器対策としてのワクチンの接種も特に実施されていなかったことから、にわかに劣化ウラン弾の危険性が注目されることになり、現在ヨーロッパ各国政府が原因の究明に乗り出している。
こうした兵士たちだけでなく、イラクボスニアコソボの住民達の間でも、癌や障害児の出産、腎障害・肝障害といった内臓疾患など、湾岸戦争症候群やバルカン症候群に類似した症状が、何らかの要因なしには考えられないほど集中して生じている。
ただ、放射能障害や長期にわたる重金属中毒は、生物学的に原因と結果の因果関係を明確にすることが本来、非常に困難である。それは広島における原爆の放射能障害のメカニズムが依然として明らかにされておらず、それが被爆二世、三世の補償問題を複雑にしていることからも理解できよう。

同書P87より。
このような放射性物質による健康被害に関しては「内部被曝の脅威(Amazon)」が詳しいですし、劣化ウランの問題点の資料的書籍としては「劣化ウラン弾―湾岸戦争で何が行われたか(Amazon)」が優れていますが、兵器としての有効性や使用状況の推移*1を含め、短時間で概略を掴むには歴史群像のこの記事はなかなか優れているものと思います。
この書籍には珍兵器として著名なパンジャンドラムの記事や戦場医療に重大な影響を与えたペニシリンの記事といった雑学として面白い記事も再録されていますので、未読でこういうジャンルに興味のある人は一読されてみてはいかがでしょうか。
これからの展開が楽しみなシリーズですが、特に私が待望しているのはVOL.2の「戦術入門」(4月上旬発売予定)。かねてより書籍化を望んでいた連載ですので発売される日が楽しみです。


歴史群像アーカイブVOL.1 知られざる特殊兵器(Amazon)

*1:各国で劣化ウランの使用を取りやめてタングステンへ切り替える動きが進んでいる。