白燐は焼夷兵器であり”無用の苦痛”を引き起こす兵器

Incendiaries, which include napalm,flame throwers, tracer rounds and white phosphorus, are not illegal, per se, but must be monitored for their use to prevent “unnecessary suffering.”
For instance, white phosphorus is not banned as a method for marking targets or for igniting flammable targets, but it should not be used as an anti-personnel munition unless other types of conventional antipersonnel ordnance are unavailable.
焼夷兵器(それはナパーム、火炎放射器、曳光弾、白燐を含む)はそれ自体は違法ではありませんが、使用に際しては”無用の苦痛”を避けるよう監視されなければなりません。
例えば、白燐は目標のマーキングや可燃性の目標に着火する手段としては禁止されていませんが、それは他の通常対人兵器が使用不能でない限り対人兵器として使ってはいけません。

http://sill-www.army.mil/famag/2001/MAY_JUN_2001/MAY_JUN_2001_PAGES_40_43.pdf

Field Artillery May-June 2001 P42より引用。翻訳は引用者による。翻訳にあたり文脈的に白燐弾なり黄燐弾なりに意訳すべき部分もwhite phosphorusを白燐と直訳しています。著者のJon D. Holdawayは米陸軍の軍事法務官(Judge Advocate)。
この記事から米陸軍においても白燐=黄燐が焼夷兵器の一種として扱われていることがわかります。
白燐は煙幕・焼夷・対人と多用途に使われますが、煙幕だからとして焼夷兵器から除外されてはいません。
白燐は代表的な焼夷剤の一種であり、焼夷兵器としても扱われます。
以前言及したWiselerさん*1のようにどうしても理解したがらない人もいますが白燐は”煙幕または焼夷”ではなく”煙幕かつ焼夷”なのです。
そして焼夷兵器は特定通常兵器使用禁止制限条約議定書III(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)に規制されますし、”無用の苦痛”を与える兵器は陸戦条約にもジュネーブ条約追加議定書にも規制されます。

“the Geneva convention says you can't fire white phosphorus at troops;so you call it in on their equipment. ”
ジュネーヴ条約では、黄燐焼夷弾を軍に向けて発砲してはならないと定めているから、敵の装備に当たったと主張すればいい」

http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20100823/p1

というような「On killing」(邦題「戦争における人殺しの心理学」)における「the Geneva convention says you can't fire white phosphorus at troops(ジュネーブ条約では白燐を軍隊に向けて撃ってはならないとしている)」という記述は正しいということです。
”無用の苦痛”を引き起こす兵器は敵戦闘員であろうと(他の通常兵器を使用できるならば)対人使用してはならないのです。
また、以下に引用・翻訳するように白燐を議定書IIIの対象とする報道も正しいということになります。

White phosphorus is covered by Protocol III of the 1980 Convention on Conventional Weapons, which prohibits its use as an incendiary weapon against civilian populations or in air attacks against enemy forces in civilian areas.
白燐は特定通常兵器使用禁止制限条約議定書IIIの対象とされ、議定書IIIは民間人に対する又は民間人居住区域の敵軍に対する空中からの攻撃に焼夷兵器としてそれを使用することを禁じています。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4441902.stm

このことは白燐を議定書IIIの対象とする報道を虚偽報道扱いしていた人々の方が虚偽を主張していたことを意味します。


なぜこのような記事を書いたかといえば、以下の発言を見たからです。

紫音(意識が混濁している変態)@sionsuzukaze
Apemanさん 現行法上「焼夷兵器」の規制に「含まれていない」事実を述べたらそれかよ。「その目的で使用される例が多々」は否定していないし法規制の必要性も認めているけど?「御用」って本当に便利な言葉ですね。 / “はてなブックマ…” http://htn.to/v1WmGA

https://twitter.com/#!/sionsuzukaze/status/137054482398842880


紫音氏がこのような認識だとは知りませんでした。この発言に関係するやりとりの際には違法性を認めているかのような発言をしていたと記憶しています。
私は今回翻訳した記事について既にhigeta氏の記事*2により知っていましたから、もし紫音氏がそのやりとりの際にこのような発言をしていたらhigeta氏の記事を引いて反論していたことでしょう。
ただ、今更このことをもって紫音氏にどうこう言うつもりはありません。
紫音氏のこの解釈は意図的な虚偽ではなく、無知に重ねての条文だけを読んでの独自解釈の結果だと思いますし、そうであるならば、以後は言われるまでもなく自ら改めることができることでしょうから。
私自身もこのようなことに関して人のことを言える立場でもありませんし。
私自身、無知による勘違いをしばしばしてしまいますから。

戦争犯罪を証明する難易度の問題

報道なり人権団体なりが白燐弾なり特定の兵器なりを俎上に載せて戦争犯罪として追及することに疑問を持つ人に対して質問します。以下に挙げる項目で戦争犯罪を証明する難易度が相対的に低いのはどれと思いますか。


1.ある条件下においては軍事目標に対する使用でも戦争犯罪になる兵器の使用を証明すること
2.敵戦闘員に対する使用であろうと対人使用は戦争犯罪になる兵器の使用を証明すること
3.民間人施設に対する攻撃でその攻撃の加害者が「そこから攻撃を受けたから反撃した」と主張した場合にそれが嘘であることを証明すること
4.戦時の殺人において殺害されたのが民間人であることと、民間人の被害が付随的被害によるものでないこと(故意に民間人を攻撃したり、民間人の被害を軽減するためにできうるかぎりのことをせずに攻撃したりしたこと)を証明すること


追及に対してのらりくらりと言い逃れしようとする不誠実な加害者にそのような加害を行ったことを認めさせることになることを考えて選んでください。
私はこの場合に現実的な方に属するのは1か2と思います。
そして、報道や人権団体の置かれた立場を考えれば彼らが限られたリソースを現実的な方につぎ込んで追及するのは非常に妥当なことに思えます。限られたリソースから結果を出そうとする上で選択と集中を行うのは当然のことというものでしょうから。
加害者と被害者という圧倒的な非対称性の上で「民間人施設からの攻撃の有無」や「死者は戦闘員か民間人か」という疑問に答える責任を、加害者ではなく、被害者に与する側が負わされがちという理不尽がこの世界にはあります。そして、自らその理不尽に加担する人もこの世界には大勢いるのです。その理不尽を理不尽として認識しない人も。
報道される戦争被害は数々あります。その戦争被害が戦争犯罪であるかと、戦争犯罪として立証できる見込みがあるかは別です。戦争犯罪を追及する人が後者の中から対象の選択を行うことを私はおかしいとは思いません。


ただ、これはあくまで私の推測で、報道や人権団体が実際にそのような判断のもとにそういう行動をしたかは私にはわかりません。
確実に言えることは白燐弾報道に関しWikipediiaの白燐弾のページに「照明効果および焼夷効果は持っていない」と書きこんでいた人々より欧米の報道や人権団体の方が国際法についても軍事についても専門的な知識を持っているということです。


On Killing: The Psychological Cost of Learning to Kill in War and Society
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戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
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