「反戦平和主義者が第二次世界大戦を準備した」は、ある意味、ガセビア

http://noraneko.s70.xrea.com/mt/archives/2005/0221020731.php
(私にとって)とても面白かった記事。以下、引用しつつ雑感を。

一連のチェンバレンによる宥和政策はナチス・ドイツに軍事力を増大させる時間的猶予を与えてしまったとして非難されることが多く、しばしば強硬策を正当化するための教訓として用いられる。
一方、この平和追求を建前とする宥和政策とは裏腹にチェンバレン政権下においても軍備増強、軍事産業拡大が著しく実行されていた事実を指して、ミュンヘン協定によってむしろイギリスがナチスに対抗する軍事力を整えるための時間を獲得したと考える見方もある。

つまり、平和主義者に流されて強硬策が取れなかった、というのはあくまで建前で、チェンバレン英国首相は国家防衛の必要に迫られ、その当時における現実的な対策として、交渉と再軍備を同時に行うための時間稼ぎを目的に宥和政策をとった、というものである。

「強硬策でヒトラーを排除すれば第二次世界大戦を防げた」というのは反戦平和主義に対する攻撃の常套句であり、「予防攻撃(先制自衛)」の正当化に使われる言葉でもあります。*1
それはある意味では真ですが、実際にその強硬策を実施できたかというのは別問題。当時のイギリスの軍備でドイツの軍備に対抗できたかといえばそういうわけではありません*2。「チェンバレンの宥和政策はドイツに対抗できる戦力を準備するための時間稼ぎ」という見方もある由縁です。
この見方においては「強硬策でヒトラーを排除」というのは、その時点ではできもしない無意味な前提ということになります。

つまり、英仏の反戦平和主義運動がヒトラーの暴走を許したのだとすれば、ドイツの反戦平和主義者が自由に活動できれば、そもそもヒトラーの暴走は食い止められた可能性があるともいえるだろう、ということだ。

反戦平和主義者が第二次世界大戦を準備した」というのは一面的な見方で「ドイツの反戦平和主義が無力だったために第二次世界大戦が起こった」ということもできるというわけです。

無策の平和主義をいましめる意味で心にとめておくのは当然としても、本気で乗せられて反戦論そのものが悪であるかのように糾弾したり、主戦論のための理論武装に使うのは、それこそ単純すぎる話なので注意が必要でしょう。

というのに同意。
しかしながら、世の中には単純すぎる話だからこそ惹きつけられてしまう人がいたりしますので、それが問題といえば問題。

*1:予防攻撃自体がドイツによるソ連侵攻の正当化に用いられた論理なのはさておき

*2:航空戦力でいえば戦闘機でスピットファイアを欠きドイツ軍に対抗し難いとか、当時のイギリスの保有戦力的問題