模型における表現規制

世間一般にはあまり認識されてはいないとは思いますが、模型も表現規制の影響を受けうる分野です。
そして、実際のところ、とっくの昔に表現規制の影響を受けていたりします。
その実例を紹介します。



セガワ製1/48スケールBf109F。パッケージアートの機体の垂直尾翼に黒い四角形が描かれていますが実機がこうなっていたというわけではありません。御覧のあり様なのは垂直尾翼ハーケンクロイツ表現規制のために塗りつぶされているからです。
欧米ではナチスのシンボルであるハーケンクロイツ表現規制の対象として法規制されている場合があります。その結果、正当な理由なしに公の場で使用することが犯罪となる場合があるわけです。
欧米の模型は当然そういう表現規制の影響を受けていますし、輸出市場も重要な国産模型もその影響を避けることはできなかったりするわけです。(パッケージでは塗りつぶされていたり描かれていなかったりするハーケンクロイツですが、デカールでは国内流通分には付属していたりするんですけどね!)
この手のハーケンクロイツに対する表現規制の影響というと、アニメのTV版コブラ(旧)の最終回やTV版ヘルシングの原作漫画からの内容変更とかがそれなりに知られているかもしれませんが、模型の方もこのように影響を受けていたりするわけです。
このような影響を受けるのはパッケージアートだけではありません。中身も影響を受けることがあります。



ARTモデル製1/72スケールBV155B V-1。パッケージアートの機体の垂直尾翼ハーケンクロイツが当然のごとく塗りつぶされているだけではなく、デカールではハーケンクロイツが半分に切り離されて配置されています。(画像の赤丸部分)
国旗と運動の関係ではシンボルを切り裂くのはどうこうという話で盛り上がることがありますが、このキットのデカールではハーケンクロイツは切り裂かれているのが初期状態。(切り裂かれているというより分割して印刷されているだけなんですけどね!)
表現規制の影響で作る人は半分に切り離されたマークを組み合わせる手間を負わされるわけです。
しかし、このキットにしても切り裂かれた状態とはいえハーケンクロイツデカールが付属しているだけまだましです。



ICM製1/48スケールBf109F-4Z/Trop。
このキットの場合はハーケンクロイツの存在そのものが抹消されてしまっています。
パッケージアートはかのマルセイユの機体ですが、垂直尾翼にはハーケンクロイツが描かれていません。
まあ、その程度はハーケンクロイツに対する規制を考えれば当然のことではあるのですが、このキットの場合、デカールも付属していないのです。



この画像のようにデカールにはハーケンクロイツどころか代わりに貼るデカールもなく、説明書にも貼り付けを指示する記載がありません。
つまり、キットの中身だけで実機のマーキングを再現することは不可能ということです。
これは実物を再現した縮小模型を欲する消費者にとっては不利益以外の何物でもありません。
というわけで、第二次世界大戦ドイツ機モデラー表現規制による不利益をとっくの昔に被っているわけなんですね。*1


そういう表現規制の影響を受けたのはハーケンクロイツだけではありません。
近年ではそうでもない(使用しているゲームや模型が有る)ですが、フィンランドの国籍マークとして使用された「幸運の青いスワスチカ(ハカリスティ)」*2までハーケンクロイツと紛らわしいために規制の影響を受けることがあります。
例えば、こういうように。



スペシャルホビー製1/72スケールHe59B/Dフィンランドマーキング版。
機体に田んぼの田が青で描かれていますが、だからといってフィンランドの国籍マークが田んぼの田というわけではありません。
当時のフィンランドの国籍マークは青い右卍(ハカリスティ)です。では、どういうことかといえば………
大発見。右卍に線を足すと田んぼの田になります。
このように表現規制の影響で右卍に線を描き加えることで右卍でなくしているわけです。
実のところ、大発見でもなんでもない代表的修正方法の一つなんですけどね。
というわけで、実機に田んぼの田が描かれていたなんてことはなく、表現規制の影響でフィンランドの国籍マークがこのように描きかえられているというわけです。
右卍の修正方法には他にこんなのもあります。



セガワ製1/72スケールMS406フィンランド空軍。
国籍マークが青い十字になってるのは右卍の一部が表現規制の影響で塗りつぶされているから。
田んぼの田が右卍に線を足しているのに対し、右卍から線を引くことで十字にしているわけですね。
十字への描きかえは、まあ、田んぼの田に比べれば分かるような気がします。フィンランド国旗が青十字状であることから考えて。(おい)
そうそう、フィンランドのモラーヌソルニエMS406といえば、ソ連から鹵獲したエンジンを搭載して出力アップした改造機メルケモランが有名ですね。極一部の人の間では。(それは有名とは言わない)



というわけで、MPM製1/48スケールメルケモラン。
あまり洗練されているとは言えないデザインの旧式機が、改造による機首の形状変更だけで何故か大幅にかっこよくなったように見える不思議。
ここにきて漸くパッケージアートに青い右卍がしっかり描かれているキットの登場なわけですが、このようにパッケージアートの方では大丈夫でもデカールではそうではなかったりすることがあります。例えば下の画像のように。



なんということでしょう。右卍が中央の十字と周辺の棒に分割されてしまっています。
むーざん無残に伊達にされてしまってます喃。
製作する際にはこれらのデカールを重ね合わせて貼ることで右卍にするわけですね。
こういうようにパッケージアートでは大丈夫でもデカールではそうではない例は結構あります。



スペシャルホビー製1/48スケールフォッカーD21マーキュリーエンジン。



スペシャルホビー製1/48スケールフォッカーD21ワスプエンジン。



これらのキットもこういうようにデカールでは右卍が分割されてしまっています。
こういうのを見てマーク単体では規制対象になるのかと思いきや、実はデカールの方も大丈夫な場合も結構あったり。



エデュアルド製1/48スケールライサンダーMk.III。
このキットの場合はデカールの方も大丈夫。



ユニモデル製1/48スケールBf109G-6フィンランド空軍。



ユニモデル製1/72スケールPe-2フィンランド空軍。
これらもデカールの方も大丈夫。(画像には出ていませんが)
一方、国産模型の場合はMS406のようにパッケージアートや説明書では駄目でも、デカールの方は大丈夫だったりします。



セガワ製1/72B239フィンランド空軍。




ファインモールド製1/72Bf109G-6フィンランド空軍。
いずれもデカールではハカリスティの部分が切り離せるように配置されていて、ハカリスティの代わりに貼るデカールも印刷されているのが興味深いですね。
国産キットのドイツ機でもハーケンクロイツがそういうように配置されていたりするのですが、輸出する際には必要に合わせて切り離せるように配慮されているわけです。
ファインモールドの方の国籍マークをラウンデル*3に塗り替えた機体がドイツ機(おそらくJu88)上空を飛んでいるパッケージアートは、フィンランドがドイツ側から連合国側についた後の状況を表現しているのだろうと思うと色々と感慨深いものがあります。
それにしてもフィンランドの機体の原産国の多彩ぶりには感情に来るものがあります。
米英独仏伊ソ蘭…。まったく、どこのエリア88だよというような多彩ぶり。
エリア88は虚構であり、このような多彩な機種の運用は補給や整備などへの負担が大きく、現実的ではないのですが、フィンランドは現実にそれを行った国というわけです。
それは、自国の兵器供給能力や外交関係による兵器入手ルートの変遷などから、手に入るものは何でも使わざるをえない状況に追い込まれた結果であり、ある意味、必然であったわけですが。
閑話休題。というか、横道それすぎにも程があるだろ、おい(一人突っ込み)。


こういうように模型は既に一部のジャンルが表現規制の影響を受けているわけです。
その一部のジャンルの愛好者としてはそういうのを見ると心が痛みます。
ここではっきりと宣言しておきますが、私はハーケンクロイツが表現において自由に使用できることを望む人間です。
しかし、ハーケンクロイツが現在のように表現規制されるのはやむをえないこととも思います。
なぜならばネオナチによる「ハーケンクロイツの暴力」は未だにあり、従って、その暴力に脅かされている人々も未だにいるからです。
ハーケンクロイツが規制されているのはナチ・ドイツのせいだけではありません。勿論、原因はナチ・ドイツの非道にありますが、それだけで規制されたわけではありません。
直接の原因は移民やユダヤ人に対するネオナチの行為にあるというものです。
ネオナチが自らの活動の際にハーケンクロイツを掲げることは対象への精神的暴力の手段となります。
ネオナチが自らの活動の証としてハーケンクロイツを書き残すことは対象への脅迫の手段となります。
そういう「ハーケンクロイツの暴力」に対するカウンターの形の一つが「手段として用いられるそれ」の否定になるのは、ある意味、当然というものではないでしょうか。
この状況でハーケンクロイツを自由に使用できるようにすることはハーケンクロイツによる加害に参加するのも同じことと思います。*4


重ねて言いますが、私はそういう表現規制を望みません。望みませんが、では、どうすればそういう表現規制を無くすことができるでしょうか。
その方法の一つは、そういう加害に脅かされている人々が安心して暮らせる社会を作ることではないでしょうか。
そういう加害を完全に無くすことはできなくても、そういう加害に脅かされている人々がより安心して暮らせるようにすること。そのために、そういう加害をできる限り無害化すること。
少なくとも、そういう運動にコミットすることで加害に脅かされている人々の信頼を得ること。
そういうことが表現規制の必要性を無くし、結果として表現の自由を守ることになるのではないでしょうか。
そして、それは決して不可能なことではないと思うのです。
社会問題は多くの場合、程度問題であり、完全を実現することは不可能であろうと、できる限り近づくことはできるというものです。*5
で、その具体的方法がどうなるかといえば、その一つはネオナチに対するカウンターアクションになると思います。より具体的にはネオナチの歴史修正主義レイシズムに対抗する反歴史修正主義や反レイシズムということになります。
まあ、日本でのそういう活動が欧米発の表現規制の緩和にどれくらい影響するかといえば、殆どしないとは思いますけどね。でも、そういうことをせず、日本がそういうのを野放しにするような国と思われることは、日本に対する表現規制強化の要請という形で表現規制に影響しかねないとも思います。


後、人それぞれの矜持の問題もありますね。
歴史修正主義や反レイシズムといった反ネオナチ運動がハーケンクロイツの規制に与したからといって、私は反・反歴史修正主義や反・反レイシズムといった反・反ネオナチ運動をやったりはしません。
まして、歴史修正主義レイシズムといったネオナチ運動に与するなんてことはしません。
当たり前すぎて、それが何故なのか説明する必要があるとも思いません。


北欧空戦史 (学研M文庫)

フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち (ミリタリー選書 23)
第2飛行団戦闘機写真集 LeR2―フィンランド航空戦史〈1〉 (フィンランド航空戦史 (1))
1/48 ウェストランド ライサンダー Mk.III フィンランド空軍
1/48 ウェストランド ライサンダー Mk.III フィンランド空軍

1/48 フィアット G.50 フィンランド空軍
1/48 フィアット G.50 フィンランド空軍

*1:F1模型にタバコ会社のデカールが入っていなかったりするのも不利益の例と思います。

*2:「北欧空戦史」などを読んだことがある人々には御馴染ですね!

*3:フィンランドは連合国側についた後に国籍マークを右卍から青い丸に変更しました。ハーケンクロイツと紛らわしいですしね。変更日は1945年4月1日。

*4:まさか「包丁は道具」論を持ち出してくる人はいませんよね?

*5:できる限り近づくことが必ずしも最適解というわけでもないですが。