「受諾したのは裁判でなく判決」とかいうのは日本語でしか通用しない難癖

サンフランシスコ平和条約で東京裁判を受諾したので南京大虐殺の犠牲者数は20万人〜30万人で確定ということで - 模型とかキャラ弁とか歴史とかのブックマークコメントに見られるような「受諾したのは刑の執行のみ。東京裁判そのものは日本政府が全否定」というような主張に対する反論です。

サンフランシスコ平和条約(サンフランシスコ講和条約)第十一条英文におけるjudgementの訳語問題については第162回国会で議論されています。
その内容は参議院会議録情報 第162回国会 外交防衛委員会 第13号より読むことができますが、説明のために引用します。

山谷えり子君 東京裁判、そして各国で行われた戦争犯罪者を裁く裁判は、不当な事実認定もこれあり、十分な弁護権も陳述権も保障されず、罪刑法定主義を無視した、近代国家の裁判とは言えないものではなかったかと多くの国民が考えているのも事実でございます。一九九八年成立した国際刑事裁判所設立条約では、平和に対する罪と同様の犯罪を条約にまとめることができませんでした。しかし、それはそれとして、日本はこの裁判で九百九十名の方が命をささげられました。
我が国は、昭和二十六年、東京裁判、そして各国で行われた戦争犯罪者を裁く裁判を受け入れ、サンフランシスコ講和条約を締結、平和条約十一条において日本国が戦争裁判を受諾し、その意味で再審はできません。しかし、また今、様々な経緯と情報公開によって、何とか主体的再審を行えないか、歴史解釈権を取り戻して平和外交をしたいという国民の声もまたあるわけでございます。
日本は東京裁判の判決を受け入れましたが、英文の「ジャパン アクセプツ ザ ジャッジメンツ」の、法律用語ではこれは判決の意味で、フランス語、スペイン語においても、この単語の意味、言語学的には裁判ではなく判決と読めるそうでございます。
日本は裁判の判決を受け入れていますが、日本側共同謀議説などの判決理由東京裁判史観を正当なものとして受け入れたのか、また、罪刑法定主義を無視し、今日でも概念が国際的に決まらない平和に対する罪で裁かれたことを受け入れたのか、国民の間に混乱があると思いますが、分かりやすく御説明ください。

このように山谷えり子議員が質問しています。読めばわかると思いますが日本は東京裁判史観により拘束されない « 日本会議のままと言っていいような質問です。
それに対する外務省国際法局長の林景一氏の回答がこれ。

○政府参考人(林景一君) お答えいたします。
先生も今御指摘のとおり、サンフランシスコ平和条約第十一条によりまして、我が国は極東国際軍事裁判所その他各国で行われました軍事裁判につきまして、そのジャッジメントを受諾しておるわけでございます。
このジャッジメントの訳語につきまして、裁判というのが適当ではないんではないかというような御指摘かとも思いますけれども、これは裁判という訳語が正文に準ずるものとして締約国の間で承認されておりますので、これはそういうものとして受け止めるしかないかと思います。
ただ、重要なことはそのジャッジメントというものの中身でございまして、これは実際、裁判の結論におきまして、ウェッブ裁判長の方からこのジャッジメントを読み上げる、このジャッジ、正にそのジャッジメントを受け入れたということでございますけれども、そのジャッジメントの内容となる文書、これは、従来から申し上げておりますとおり、裁判所の設立、あるいは審理、あるいはその根拠、管轄権の問題、あるいはその様々なこの訴因のもとになります事実認識、それから起訴状の訴因についての認定、それから判定、いわゆるバーディクトと英語で言いますけれども、あるいはその刑の宣告でありますセンテンス、そのすべてが含まれているというふうに考えております。
したがって、私どもといたしましては、我が国は、この受諾ということによりまして、その個々の事実認識等につきまして積極的にこれを肯定、あるいは積極的に評価するという立場に立つかどうかということは別にいたしまして、少なくともこの裁判について不法、不当なものとして異議を述べる立場にはないというのが従来から一貫して申し上げていることでございます。

このように、サンフランシスコ平和条約におけるjudgementの中身には文脈上「裁判所の設立、あるいは審理、あるいはその根拠、管轄権の問題、あるいはその様々なこの訴因のもとになります事実認識、それから起訴状の訴因についての認定、それから判定、いわゆるバーディクトと英語で言いますけれども、あるいはその刑の宣告でありますセンテンス、そのすべてが含まれている」と解釈されているわけです。
外国語の読解にあたって重要なのは「その単語が直訳で何を意味するのか」ではなく「その単語が文脈的に何を意味するのか」であることは、本来、説明不要なことというものでしょう。
そして、サンフランシスコ平和条約におけるjudgementが何を意味しているかはこのように国会において明確に説明されているわけです。
この件についての背景事情なのですが、サンフランシスコ平和条約において東京裁判のjudgementを「判決」ではなく「裁判」と訳すのには特殊事情があります。東京裁判のjudgement(判決文)には東京裁判が正当に成立する根拠となる様々なsentence(文)が含まれていて、それを受諾するということは裁判の正当性を認めることに他ならない構造になっています。このことからjudgementを受諾することは文脈的に裁判を受諾することになるわけです。外務省の訳はサンフランシスコ平和条約第十一条の条文だけでなく、そういう東京裁判のjudgementの文脈をくんだ訳であり、国会での答弁は、東京裁判のjudgementのそういう中身を簡略に説明したものなわけです。
フランス語やスペイン語における訳語に対する指摘にしても「その単語が文脈的に何を意味するのか」が重要なのは同じ。
もちろん言語により選択される文法や単語は異なるわけですが、フランス語で「Le Japon accepte les jugements prononc s par 〜」つまり「日本国は〜によって言い渡されたjugements(judgements)を受諾」というように表現しようが、スペイン語で「El Jap n acepta las sentencias 〜」つまり「日本国は〜のsentencias(sentences)を受諾」というように表現しようが、judgementなりsentenceなりが文脈的に何を意味するのかが大事なわけです。
「judgementを言い渡す」のjudgementは普通「判決」と訳すでしょうし、sentenceの訳語を「判決」や「刑罰」にする場合もあるでしょう。それは「その単語が直訳で何を意味するのか」という指摘としては正しいですが、文脈から単語の意味を読みとる外国語の読解においては無意味な指摘なわけです。こういうのは「事実をならべて嘘をつく」の一種というものでしょうね。



以上のことからはてなブックマーク - サンフランシスコ平和条約で東京裁判を受諾したので南京大虐殺の犠牲者数は20万人〜30万人で確定ということで - 模型とかキャラ弁とか歴史とかでの

m-matsuoka これはひどい, 歴史, 外交, 政治 受諾したのは刑の執行のみ。東京裁判そのものは日本政府が全否定。戦犯の罪状も抹消され、他国からの抗議も無い。つまり東京裁判であったとされた南京虐殺も無くなったということ。 2010/09/03

というid:m-matsuokaさんの発言も、

a1101501j 頭がわるい, 歴史修正主義 平和条約の解釈に関しては連合国に代わり刑を執行する責任を負っただけで講和成立後も東京裁判判決理由によって拘束されるなどということはないとILA・国際法協会が結論を出している(http://is.gd/eTdZf) 2010/09/03

というid:a1101501jさんの発言も、はてなブックマーク - はてなブックマーク - サンフランシスコ平和条約で東京裁判を受諾したので南京大虐殺の犠牲者数は20万人〜30万人で確定ということで - 模型とかキャラ弁とか歴史とかでの

munyuu これはひどい, はてサ, 歴史, ブサヨhttp://bit.ly/cOJFPf 受諾したのは刑の執行。東京裁判はナチズムの発露として米国は反省し、日本は国会決議で東京裁判そのものを全面否定している。id:D_Amonのように他人を能力に劣るからと罵るのはナチズムだね。 2010/09/02

というid:munyuuさんの発言も間違いです。日本国が受諾したのは刑の執行のみではないことも、東京裁判そのものを全面否定しているわけではないことも、国会での答弁から明らかだからです。

追記(2014/03/17)

この記事には当時の私の事実誤認が含まれています。
これについてはより厳密な記事を書きましたので
「サンフランシスコ平和条約で受諾したのは極東国際軍事裁判所の裁判ではなく判決」というのは文脈無視での俗流解釈による嘘 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか
をご参照ください。