戦争と国防費

戦争で軍事関連企業が儲かるという話に対して有名軍事関連企業の赤字や合併を根拠に否定する人が世の中にはいます。
大抵、匿名掲示板やそのまとめサイトレベルの程度の低い話なのですが、それを真に受けて受け売りしてしまうような人がいるのは問題。騙されやすい人はどこにでもいるので仕方がないといえば仕方がないですが。(「福島瑞穂の迷言」という都市伝説について(事務所コメント付) - 荻上式BLOGのような例もありますしね)
有名軍事関連企業が扱う製品といえば戦闘機や艦船や戦車といった高額商品が多いわけで、冷戦終了後に赤字になるのはある意味当前のこと。そういう製品はテロリストやゲリラや軍閥を相手にするには高性能すぎるし高額すぎるし小回りも利かないので需要が減るのは当然のことですし、その結果としてその手の製品の開発や更新を手がける有名軍事関連企業の収支が悪化するのも当然のこと。その手の企業が赤字体質なのは冷戦終了の影響が大きく、冷戦後の戦争とはあまり関係はありません*1
戦争で軍事関連企業が儲かるというのは戦争が大規模な消費活動であることによります。大規模な消費活動が大規模な需要となり、それが大規模な供給を必要とし、その供給を担うことで軍事関連企業が儲かるというだけのこと。トマホークにしろJDAMにしろ消費がなければ生産ラインを本格稼働することはできません。まあ、ベトナム戦争みたいに軍事費を使いすぎると国家予算の都合から正面装備の開発や更新まで予算が回らなくなり、逆に悪影響を受ける軍事関連企業も出てきますが。

国防費の推移

戦争で軍事関連企業が儲かるか否かは軍事関連企業に対する需要の目安となる国防費の推移を見れば明らかでしょう。

年度 1985年 1990年 1995年 2000年 2002年
経常価格(億ドル) 2581 3062 2789 3017 3509
1995年不変価格(億ドル) 3497 3550 2789 2696 2950
対GNP比(経常価格) 6.0% 4.7% 3.3% 3.1% 3.3%

上記の表はアメリカの国防費の推移。http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200303_626/062604.pdfより引用。不変価格とは価格変動の要因を取り除くため(実質化するため)基準年次の固定価格で他の年次の経常価格を評価替えした値。この場合の基準年次は1995年。
この表から冷戦終了後に国防費が不変価格で800億ドル程度下がったことと、911事件後の対テロ戦争により国防費が上がったことが見て取れます。

年度 02 03 04 05 06
米国(百万ドル) 331951 387319 436521 474163 512053

上記の表は近年のアメリカの国防費の推移。http://jda-clearing.jda.go.jp/hakusho_data/2006/2006/html/is250000.htmlより引用。
対テロ戦争イラク戦争によって国防費が急増していることが見て取れます。
これだけ国防費が増大してもある種の有名軍事関連企業が赤字なのは冷戦後の需要の変化によります。冷戦時に東西で競って開発され更新されたような高額で高性能な兵器の需要は冷戦後は急降下。冷戦時代に培われた設備と人員は現代では過剰なため必然的に赤字になると。
その一方で傭兵会社のように需要増で急成長した企業もあると。
これだけ国防費が増大していれば一部の軍事関連企業を見れば赤字であろうと*2軍事関連企業全体で見れば儲かっているのは自明のことで、戦争で軍事関連企業が儲かるという話を有名軍事関連企業の赤字や合併を根拠に否定するのは「木を見て森を見ず」の典型例といっていいでしょう*3(国防費増額は国防費利権の増大にもつながるわけで国防族にもメリットがある点も重要)。「SDIはソ連を経済崩壊させるためにわざとやった」と同レベルの与太話というものです。*4


こと有名軍事関連企業に関してはこういうことがいえるでしょう。冷戦時は需要が多く開発費や更新費も豊富で急成長できたものの、冷戦後は需要の減少と需要自体の変化により赤字化。紛争や緊張状態があっても冷戦時の需要とは程遠いので赤字。対テロ戦争に伴う国防費増額でもあまり自社の需要増につながらないので赤字。しかし、紛争も緊張状態も無く平和であれば国防費が削減されてさらなる赤字拡大の地獄と。(軍事関連企業の収支は、平和で軍事力の必要性自体が低下するよりは、紛争や緊張状態がある方がまだましということ)
世の中には米中冷戦論を打つ人がいますが、米中が貿易で密接に結びつき米中関係が良好な現在、そういう話は冷戦を待望する軍事関連企業のポジショントークというか願望のような気がしないでもないです。

*1:911事件が無ければJSF関連予算のさらなる削減は避けられなかったわけで、むろん収支改善の効果はありますが。

*2:JSFを受注できなかった上に911事件で民間機需要が急減したボーイングとか。

*3:兵士への手当て増や遠征による経費増もあるので国防費増額が即ち軍事関連企業の増収につながるわけではありませんが。

*4:国防費の増減による影響と需要自体の変化による影響の区別ができれば騙される筈も無い話です。パイ自体の大きさとそのパイの切り分け方の違い。