民間人への戦闘参加や自決の強制は自国民への虐待と思う件
「沖縄―日米最後の戦闘」は日米双方の資料に基づく米国陸軍省による沖縄戦の記録。アメリカから見た沖縄戦が淡々と記されています。沖縄戦という太平洋戦争の一部の戦闘記録ですし、翻訳に難がある部分もあるので、太平洋戦争全体の流れや当時使われた兵器に関する知識を持つ人でないと読解の敷居が高い部分があります。普通の人はバカ弾(ロケット特攻機桜花の米軍側の呼称)と書かれているだけではそれがどういう兵器か分からないでしょうし。
しかしながら、沖縄戦での特攻機による被害、爆弾を抱えて肉弾攻撃をしかけばらばらに吹き飛ぶ日本兵、民間人の自決、民間人の戦闘参加といった日本では描写が避けられたり情緒的になりがちな部分も淡々と描写されており、そういう面ではお勧めの本です。(戦果や用語等に一部翻訳ミスがありますが)
以下、P177-178より引用。
掃討戦でのめぼしい抵抗といえば四月二十二日の夜から翌朝にかけてのそれだった。兵隊や民間人、それに婦人もまじった一群が、小銃や手榴弾をもち、爆薬箱をかかえて城山の洞窟陣地から、第三〇六連隊の散兵線に突入してきたが、米軍は一兵の損失もなく相手を殲滅した。
凄愴をきわめた伊江島の六日間の戦闘で、米軍は四千七百六名の日本軍を殺し、百四十九名を捕虜にした。戦死した多くは民間人だった。彼らは戦闘中、ぜんぜん兵隊と見分けがつかなかったからだ。しかも戦いすんで、死体を点検してはじめて、民間人であったことがわかったのである。軍服を着せられ、日本軍の兵器をもった民間人はおよそ千五百と推定された。おそらく戦死した米兵から取ったものだろうか、中には、米軍の軍服を着たまま死んでいる民間人もいた。
これを民間人への戦闘参加の強制と呼ぶのには異論もあると思います。軍服を着ていた人もいたわけで、その時点では「志願」や「徴兵」により即席軍人になっていたと解釈する人もいるでしょうし、「任意」だったかもしれないわけですし。
ただ、私はこういう事例も「拒否する」という選択肢が社会的には殆ど無かった以上、強制と解釈すべきと思います。
当時の日本は国民に対し特攻などの自殺攻撃を含む様々な自己犠牲を強いました。
日本軍による自殺攻撃が「軍人による正規の軍事行動であり自爆テロとは違う」と言われるとき、民間人に対する自殺攻撃の強制は忘れられています。
「イスラムの自爆テロは死後の世界における幸福を求めてのもので、崇高な自己犠牲である特攻とは違う」と言われるとき、日本では死んで靖国に行くことを至上の価値とし戦死することを尊ぶような教育が行なわれたことは忘れられています。
自殺攻撃による自己犠牲が美化されるとき、自殺攻撃による自己犠牲を強制する人々の醜悪さは忘れられています。
当時の日本の指導者達が率先して自己犠牲精神を発揮し「日本人戦犯を裁く権利を日本が得ること」に拘らずにさっさと降伏していれば多くの人々が死なずに済んだかもしれないというのに。
これは現代にも通じることですが、他人に愛国心とか公共心とか公徳心などの名の下に自己犠牲を厭わず行動することを求める人々にこそ、まず自己犠牲の模範を示してほしいものです。特に権力に従順で自己犠牲を厭わない人間を育成するためであるかのような教育方針を掲げる人々に。
愛国心それ自体は美しくとも、支配の道具としての愛国心のなんと醜悪なことか。