安易な禁止は単なる無策

天皇制というものを軍人が利用して、日本は今日の悲劇をまねいた。その失敗から、たった三年にして、性こりもなく、再び愚をくりかえそうとするとは!なるほど、一時的に、安易に安定をもとめるためには、それが便利であるかも知れぬ。然し、かかる安易は、罪悪である。こりることを知らないことは、罪悪である。
日本人は、こりることを知らないのだ。地震国だから、地震は、天災だという。地震に倒れない建築をたてれば、すむことではないか。何が、天災であるか。こりることを知らず、それに対処する努力と工夫を知らず、昔のままに、ほッたらかしておけば、天災は当然じゃないか。天皇制、亦、然り。これも、亦、天災であるか。あさまし、悲し。天災などとは、文化がない、という意味だ。進歩も、工夫も、向上も、努力も知らないということだ。日本人は勤勉だと云う。焼跡を直ちに片づけ、再び直ちに、地震につぶれて火事に燃える家をシシとして、うむことなく、建てる。そんなのは、蟻と同じ勤勉ではないか。人間は虫であっては、いけないのだ。虫の如くに勤勉などとは、何たる悲しいことであろうか。
蟻は、こりることを知らないかも知れないが、人間は、こりることを知り、再び愚をくりかえさぬ努力と工夫がなければならぬ。
安易にして便利な法を発案するのは悪いことではないが、工夫と努力によって簡便安易な法を見出すのではなく、無策の故に、又、努力と工夫がいらないために、安易簡便を利するのは、悪事である。無策とは、無責任ということで、その責任に堪えざることであり、無策の徒が、責任ある地位をけがすことは、罪悪である。
無策の故に、天皇制を利することは、あまりにも無責任、無智、無謀と云わねばならぬ。
これと同様の無策無謀のアラワレが、各種の弾圧、禁止である。エロ・グロの禁止、弾圧。禁止ぐらい、安易簡便な法はない。そして、禁止というものには、工夫と努力がミジンも必要とされず、禁止から、進歩発展が生れるということは、有り得ない。
軍人たちは、戦争中、弾圧、禁止を乱用したものだが、目に一丁字なき軍人がこれを行うのは、ともかく、文化国家と自称するものが、禁止の安易につくとは言語道断と云わねばならぬ。(強調は引用者による)
エロ・グロを、芸術に高めるための、努力と工夫が大切なのである。さすれば裸レビュウの如きは、自然に場末の片隅へもぐりこまざるを得なくなるのだ。すべてが、禁止と反対の、積極的な努力と工夫でなければならぬ。進歩向上というものは、そこからでなければ生れ得ず、禁止の法を用いる限り、安易について、蒙昧にとどまることでしかないのである。その無能無策と、反文化的性格は、第一級の罪悪と云わねばならぬ。そして、禁止のもつ安易さは、反文化的性格と共に、専制的なものであり、同時に、軍人の、又、ファッショの性格でもあるのである。

坂口安吾堕落論 (新潮文庫)収録の「戦争論」P150-152より。*1
何というか、エロ・グロに対する警察の取り締まりがあったことに対する反応の「表現を自粛すべき」という声に息苦しい自由の無さ(というか放棄)を感じたので留保のない生の肯定を叫んでみます。デカルト三唱。こういうジャーゴンは内輪受けしかしないのに使っている自分って、以下略。
まあ、確かに、取り締まられないためにはそういうことが必要なわけですが、そうやって表現に対する「規制の強化」に従って、ただ表現を自粛し続けていく先にあるのは表現の死ではないかと。そういう表現に対する「規制の強化」自体に反対の声をあげるべきではないかと。そう思うんです。
「規制の強化」より「芸術に高めるための、努力と工夫」を!
あと、適切な規制は必要にしろ「解釈の変更」による「規制の強化」がまかり通る現状も非道いでしょうと。*2
今までは良かったものが、何ら取り締まるための新たな立法がされていなくても「解釈の変更」により駄目になり、最初の何人かが「解釈の変更」の犠牲になるまで表現にたずさわる人が「解釈の変更」を知る術が無いというようなところがあるのは、法治国家としても恥ずべきことでしょう。告知なき「解釈の変更」はそれによる逮捕のリスクを恐れて表現にたずさわる人自体が減りかねず文化面での悪影響も大きいというもの。*3
加えて、エロ・グロに限らず、日常を平穏に過ごすためにも、理不尽な取締りを受けないためにも、そういう警察が勝手に解釈を変更しての「規制の強化」を容認してはいけないと思うのです。

*1:現時点では青空文庫には未収録作家別作品リスト:坂口 安吾。収録されているものの中での私の一番のお勧めは図書カード:続堕落論

*2:「警察が天下り先をつくってたかるために、相手が天下りを受け入れるまで恣意的に取り締まっているんじゃないの」というような話はとりあえず置いといて。

*3:「逮捕を恐れるような表現者表現者として駄目だ。○○は逮捕されても表現し続けたぞ」といったような話はお断り。