ガンダムと歴史修正主義

ガンダムA10月号「それいけ!!松戸アングラー隊」で紹介されていた出渕裕氏の発言を読んで、「後世の歴史家による歴史の歪曲」に笑う一方、今の日本の歴史修正主義についてもついつい考えてしまいました。
コロニー落とし」と、それに先駆けての「コロニーへの毒ガス注入」といったジオン公国による大量殺戮は宇宙世紀(機動戦士ガンダムという作品での年代表記)における史実です。
それは「戦力的劣勢を補うための奇策」としてやむをえないものだった面もありますが、人道上許されない戦争犯罪です。
さて、仮に貴方がジオン国民としましょう。
一年戦争終結後数十年、「ジオン愛国者」を名乗る者が「毒ガス注入はなかった」とか「コロニー落としは連邦の自作自演」などと言い出し、それを否定する者には「愛国心が無い」とか「売国奴」とか「連邦の手先」とかレッテルを貼り、「ジオン国民が自国に誇りを持てる歴史教育をしよう」とかいって歴史教科書に記載されるそれらの史実の改竄を行おうとしたとします。
貴方はどうしますか?
おそらく、そのような考えをトンデモとして一笑にふし、そのような動きには反対することでしょう。
何故なら貴方はそれらの史実が疑いようのない宇宙世紀上の事実であることを知っているからです。

それでは今の日本ではどうでしょうか?
今の日本ではつくる会とその背後の日本会議が「日中戦争における日本軍の蛮行」の否定や「日本による植民地支配」の正当化を行おうとしています。
そして、そのような史実の改竄が現在進行形で進められようとしています。
問題なのは、一般的な日本人はそのような歴史上の事実に関する知識に疎く、これを読んでいる貴方もそういう歪曲された歴史情報に騙されている可能性があるということです。

私自身はそのような史実の改竄に反対します。
私は歴史教育は「自国に誇りを持つ」といった思想教育のためのものではなく、過去の人々の行動から教訓を学ぶためのものだと思うからです。
そのための歴史は歪曲されたものでなく、事実に基づいた実証的なものでなくてはなりません。そうでなければ、何故人々がそのような選択をしたかといった因果関係が解らないからです。
歴史上の善も悪も過去の人が残した貴重な教訓なのです。

日中戦争における日本軍の蛮行」の否定は、「穴だらけで行き当たりばったりな戦争計画」や「民族差別意識」や「将兵のモラルの崩壊」や「捕虜の扱いにおける国際法無視」や「現実論より精神論や感情論で動いていた当時の日本軍」といった反省すべき当時の日本の欠点の存在を否定することです。そして、それは何故そのような欠点を当時の日本が抱えるに至ったかを学ぶ可能性を否定することです。
「日本による植民地支配」の正当化は、帝国主義の悪を掘り下げることを否定することです。そして、それは帝国主義の悪を悪と認めた上で、当時の帝国主義の列強が決めた国際法のもとでどれだけの選択肢が当時の日本にあったのかということを考える機会を否定することです。
物事には原因があって結果があります。
結果だけを見れば当時の日本の帝国主義は悪ですが、当時の日本が帝国主義の道を歩んだのも、アメリカによるメキシコ侵略やハワイ併合、極東におけるロシアの南進、欧米列強の植民地となっていた東南アジアといった当時の状況を鑑みれば、自存自衛のための「悪に対抗するための悪」といえないこともないでしょう。
結果だけを見て、それを現代の感覚で否定したり肯定したりすることには、あまり意味はありません。
それで過去の歴史が変わるわけではありませんし、教訓が身につくわけでもありませんから。
大切なのは結果論で物事を否定したり肯定したりすることではなく、何故そのような選択をするに至ったかということというものです。
歴史上の出来事の因果関係を追及し、事例として教訓とし、そこに現代にも通じる問題点があれば反省すべきところは反省し改めるべきところは改めるのが歴史に学ぶということであり、歴史上の数多の犠牲を無駄にしないことというものでしょう。
そして、私たちはそのように真摯に歴史を学ばねば、過去の歴史と同じような誤りをこれからも繰り返すことになるかもしれません。
歴史修正主義は事実に対して不誠実というだけでなく、歴史に教訓を学ぶという意味でも私たちの未来に待ち受ける陥穽となると思うのです。