冷戦とフィクションと「死の商人」

冷戦期

冷戦の時代。米ソは互いを脅威とし、軍拡と新兵器の開発を競いました。
両陣営は脅威に対抗するためにできるだけ高い性能の兵器をできるだけ多く配備しようとしました。
使用用途に特化することは、できるだけ高い性能を実現するための手段の一つ。新型機の開発競争も盛んで、両陣営は様々な単用途特化型兵器を開発しました。戦闘機では艦隊防空のための要撃機として特化したF-14、制空戦闘機として特化したF-15爆撃機要撃任務に特化したMiG-25、インテーク開閉機構と機体上面吸気ルーバーにより前線にありがちな整備状態の悪い簡易滑走路での運用における信頼性を高め前線制空戦闘機に特化したMiG-29といったように。
米ソ共に軍備拡張に伴う財政赤字を抱えながら、こうした兵器の開発と配備に鎬を削っていました。そして、米ソの代理戦争を含め数々の武力紛争でそうした兵器が大量消費されました。
中東戦争ベトナム戦争、イランイラク戦争、アフガン侵攻…。数々の戦争で数々の戦闘機や戦車が破壊され事故で失われ消費され、イランイラク戦争のように数多くの先進国が両方の国に軍事物資を販売していた時代。軍事関連企業や武器商人といった死の商人が大儲けしていた時代。冷戦の時代はそういう時代でした。
鉄人28号サイボーグ009エリア88といった漫画はそういう時代の空気を反映した面がある作品でした。自らの利益のために国際的に暗躍し戦争仕掛け人として活動する「死の商人」は、それらのフィクションに「リアリティ」を与えるものであり、分かりやすい「主人公が倒すべき悪の存在」でした。リアルとは程遠い存在であるとしても。

冷戦後

米ソの和解とソ連の経済崩壊により冷戦の時代は終わりました。
それに伴い、軍事に関わる世界の様相は大きく変わりました。
ソ連の経済崩壊に伴いロシア系軍事産業の新型機開発が(Su-34のような一部の例外を除いて)軒並み停滞したのは勿論のこと、アメリカでも冷戦終結による脅威の喪失に伴い国防費が削減され、新兵器の開発も配備も遅れ、配備計画自体が中止になることもありました。*1
装備する兵器にしても、仕様用途に特化して高い性能を実現した兵器より、費用対効果と運用効率を重視した兵器の方が重視されるようになりました。
戦闘機では機種統合による効率向上が可能な多用途戦闘機を採用するのが主流となりました*2。米空軍、海軍、海兵隊のそれぞれの仕様要求に応えるF-35や、米海軍の戦闘攻撃機F/A-18E/Fと電子戦機EA-18Gや、能力的には同世代戦闘機の中では見劣りするものの維持費が安く戦闘攻撃偵察をこなすスウェーデンのJAS39といったように。
戦争の形態も変わり、アメリカ側の圧倒的な技術的*3により正規戦では一方的な戦闘が繰り広げられるようになりました。湾岸戦争では多国籍軍イラク軍は数値上の戦力では拮抗しており、それゆえ長期戦となると予測していた軍事評論家も多くいましたが、結果は多国籍軍の短期間での圧倒的勝利となりました。
技術的優位に立つ側が戦闘機も戦車も殆ど撃墜・撃破されることなく戦闘に勝利する時代。敵による撃墜・撃破より味方撃ちによる撃墜・撃破や事故による損失の方が多いような時代。冷戦型装備の存在理由が失われ、その配備に予算がつき難い時代。大型装備を生産する軍事産業が消費減少による不況に苦しむ時代。冷戦後の現代はそういう時代です。
制空戦闘機F-15の後継であるF-22は中国の軍拡が無ければその配備の正当化は困難でしょうし、配備数は削られる一方です。
イージス艦は航空機と対艦ミサイルによる飽和攻撃に対抗するために開発された艦隊防空艦ですが、ソ連の崩壊により米艦隊に飽和攻撃を行なえるような脅威は消滅。弾道ミサイル防衛艦としての役割を担うことで新たな存在理由を得て延命しています。
世界では今でも様々な低強度紛争が継続し、無法者国家の脅威も取り沙汰されていますが、冷戦時代の核戦争による世界の破滅と背中合わせの脅威と比べればなんとも矮小な脅威です。
こういう時代の変化に伴い大型装備を独力で開発生産して売り捌くような「死の商人」はフィクションにおいて「リアリティ」を失いました。*4
もはや、そういう大型装備が大量消費される時代ではないからです。

*1:旧式化していた艦上攻撃機A-6の後継機であるステルス艦上攻撃機A-12は開発費の高騰もあり早々に開発中止。ステルス武装偵察ヘリRAH-66も冷戦終結による予算削減等で開発計画が遅れに遅れたあげくに結局開発中止。

*2:F-4やF/A-18やそれ以前の戦闘爆撃機のように昔からそういう機体はありましたが

*3:冷戦終結以前からその差はどんどん広がっていましたが

*4:こう書いといてなんですが、ガサラキとかバイオハザードとかBLOOD+とかあるのであまりそうでもないのかなと思いました