匿名性と後光効果と匿名効果

ネット上の発言者の匿名性の是非を巡る議論において、匿名のメリットとして後光効果(ハロー効果)が無いことが挙げられることがあります。

一般に、ある人の評価を行う時には、その人に1つ、2つの顕著な良い特徴があると、その人の他の特徴をすべて良く見てしまい、逆に顕著な悪い特徴があると、その他の特徴のすべてを悪く評価してしまう傾向があります。こうした傾向が光背効果(ハロー・エフェクト)です。

http://www8.plala.or.jp/psychology/topic/halo.htm

確かに匿名により肩書きなどによる後光効果を得られないのであれば、論の正当性だけを問題とした議論も可能でしょう。しかし、現実はそうではありません。
匿名性には匿名の誰かが好き勝手な肩書きを名乗れるという面もあるからです。
「匿名での議論は後光効果が無く、論の正当性だけが問題となるという利点がある」といった種類の主張はネット上に後光効果を悪用しようとする自称専門家が跳梁跋扈している様を見れば明らかに誤りというものです。


その一方で匿名には大きなデメリットがあります。匿名効果により成される誹謗中傷・名誉毀損・信用毀損などです。

残念ながら人は、自分に責任が及ばないと、どんな嘘も非道徳的なことも平気でやってしまうという側面を持っています。 掲示板などの書き込みで、誹謗・中傷など目に余る内容を見かけることが時々あります。 しかし、そういった内容を書く人のほとんどがメールでの誹謗・中傷をしません。 メールだとアドレスがわかってしまい、自分の匿名性が保障されないからです。

http://www8.plala.or.jp/psychology/topic/tokumei.htm

もちろん、誹謗中傷・名誉毀損・信用毀損などは匿名効果が無くても起こり得ることです。
そういう行為に対する「罪の意識」に縛られない人*1や、「正義感」が「罪の意識」を凌駕している人*2には匿名効果は関係ないでしょう。
しかし、そういう人は種類は多くとも比率においては少ないわけで、匿名効果を無くすことにより、匿名性を利用した誹謗中傷・名誉毀損・信用毀損などの発生数を抑えることが可能になります。

匿名効果と反撃不可能性

匿名効果が何故発生するかというと、それは先天的な心理的傾向による可能性が大きいでしょう。
戦争における「人殺し」の心理学」などにおける戦闘においての発砲率の研究は、相手が背を向けているときや相手との距離が離れているときのような反撃を受けにくい条件のときに発砲率が上がることを示しています。
人間の攻撃性と反撃不可能性は密接に結びついているわけです。
そして、匿名効果に見られる卑劣な言動も匿名性により得られる反撃不可能性に拠るものが大きいと思われます。*3
捨てハン・名無し・他人の名前の騙りなどで行なわれる誹謗中傷・名誉毀損・信用毀損などは対象への言葉による攻撃である一方、匿名で書き込んだ人間は反撃を受けにくいわけですから。
反撃するにしても、匿名効果により荒らしを行なう側にしてみれば、論破されようと数手先を読んだ上での策略に嵌められて恥をかかされようとハンドル名を変えて別人*4として再登場すればいいわけで、反撃自体、痛くも痒くもありません。むしろ、相手に反論させる労力を使わせている時点で労力交換比率において荒らしの方が勝利しているというものかもしれません。

匿名性と議論

私はネット上の議論における匿名性を否定しようとは思いません。*5
ただ、防げないまでも荒らしを減らすような対策は必要と思います。
荒らし対策としては労力交換比率において荒らしを上回るべく、相手にせず削除するという古典的な方法がありますが、しつこい荒らしが労力交換比率においてさらに上回るべくコピペ荒らしを行なう場合がありますし、それにスクリプトによる書き込み自動化とIP切り替え*6が加われば対処しようがありません。*7

ID制限は議論したい人を排除しない

匿名効果は匿名性に基づいているわけで、確かに匿名性を無くせば匿名効果による誹謗中傷・名誉毀損・信用毀損などを無くすことはできるでしょう。
しかしながら、荒らし問題に関しては匿名性を無くすことなく匿名効果による荒らしを減らすことができれば、その方が良いのではないでしょうか。ネット上では匿名での気楽な付き合いの方が望ましい場合もあるでしょうから。
匿名効果が匿名性による反撃不可能性によるものならば、反撃不可能性を低下させることで匿名性を無くすことなく匿名効果による荒らしを減らすことができるというものです。
その一例として、はてなIDのような匿名IDの使用とIDによる書き込みの制限が挙げられます。
はてなIDは著者の同一性を保証しますから*8、同一IDであることは同一人物ということであり、「人民の海」ならぬ「名無しさんの海」に隠れ潜むことができなくなることから匿名性による反撃不可能性は大幅に低下します。*9
IDの取得には少ないながら手間が必要ですから、「匿名ゆえに簡単に別人になれる」というわけでもなくなります。「別人」になるためには相応の労力を支払う必要があるわけで、労力交換比率においても荒らしに不利になるわけです。
ID制限は匿名で議論したい人を排除しません。
ID制限が排除するのは匿名性による反撃不可能性に基づいて行動する荒らしです。
「ID制限は匿名性を殺さない。その反撃不可能性を殺す(不完全ですが)」というわけです。

*1:先天的に「罪の意識」が欠落している人、後天的に「罪の意識」を獲得できなかった人、後天的に「罪の意識」を破壊された人など

*2:自らの「正義」を盲信している人など

*3:加えて、卑劣な言動をしても、それにより失うものがないことも挙げられるでしょう

*4:IPでは書き込みを行なった人物をある程度絞り込むことはできても書き込みを行なった人物の同一性の保証にはなりませんから

*5:私のIDにしても匿名ですし

*6:はてなはプロキシ経由での書き込みを制限できないので尚更

*7:酷いときにはスクリプトによる自動書き込みで掲示板のログが全て流されてしまうということもありえるわけです

*8:そうでなければ規約違反

*9:コメントをはてなIDに制限することにより名無しや他人の名前の騙りといった行動を防ぐこともできますし