対テロ戦争で売り上げを伸ばす米軍需産業

対テロ戦争によりアメリカの国防費が急増している件に関しては
戦争と国防費 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか
にて、
対テロ戦争により軍事関連企業経営者の報酬が倍増した件に関しては
戦争で儲かる人々 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか
(参考情報:http://www.faireconomy.org/reports/2006/ExecutiveExcess2006.pdf)
にて、
対テロ戦争により軍需産業が活況を呈し始めたことに関しては
外貨獲得手段としての軍需産業 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか
にて紹介しました。
戦争で儲けることを悪いとまでは言いませんが、軍需産業が戦争で儲かるのは事実です。
個々の事例で見れば儲からない例もありますが、軍需産業全体で見れば儲かります。国防費の増大によりパイ全体が大きくなりますから。

戦争になると兵器の売り上げが伸びる

国際軍事データ〈2006〉―数字で読む明日の世界」P118-119より。

世界の兵器生産企業上位20社(単位:百万ドル)

順位企業名国別兵器売上高(%)総売上高前順位
2000年度2002年度2000年度2002年度
1Boeing16900(33)20500(38)51521540692
2Lockheed Martin18610(73)18870(71)25329265781
3Northrop Grumman6660(87)17800(79)7618226525
4Raytheon10100(60)15250(91)16895167604
5BAE Systems14400(78)14070(77)18473182333
6General Dynamics6520(63)9820(71)10356138296
7Thales5160(61)6840(66)8476104518
8EADSWEU5340(24)5360(20)22303281397
9United Technologies,UTC2880(11)4550(16)265832821211
10Finmeccanica2440(44)3720(51)5896590316
11L-3 Communications1340(70)3020(75)1910401124
12Science Applications Int'l Corp1950(33)3000(51)5896590316
13Computer Science Corporation1610(15)2900(21)105241370418
14Rolls Royce2130(24)2850(33)8890868914
15三菱重工業2850(10)2780(13)282552068712
16General Electronic1600(1)2200(2)12985313169820
17DCN1600(100)2050(100)1603205319
18Honeywell International1550(6)1830(8)250232227421
19GKN1740(23)1800(27)7726668417
20United Defence1180(100)1730(100)1184172528
対テロ戦争前の2000年の兵器売上高と対テロ戦争後の2002年の兵器売上高を比べると、アメリカの軍需産業ロッキードマーチンを除いて兵器売上高が大幅に増加しています*1。兵器以外の売り上げも含む総売上高もレイセオンとハネウェルインターナショナルを除いて増加しています。
軍需産業といっても民需も請け負っており、戦争になると民需が落ち込むから総売上げでは儲からない」という俗説は少なくとも対テロ戦争においては概ね誤りであることがこの表から分かります。

世界の上位100社に占める企業数とその売り上げシェア

-年度日本米国イギリスフランスドイツロシア合計
世界の上位100位以内企業数0010431375-78/100
027401185677/100
総売上げ(単位10億ドル)007.494.622.411.03.4-138.8/157.6
025.9120.123.813.94.12.8170.6/192.1
売り上げシェアー(%)004.760.014.27.02.2-88.1/100
023.162.512.47.22.11.588.8/100
対テロ戦争前の2000年と対テロ戦争後の2002年で比べると、業界全体の総売上げは1576億ドルから1921億ドルに上昇、アメリカの総売上げは946億ドルから1201億ドルに上昇。
戦争で兵器市場全体では売り上げが伸びることが分かります。*2
売上増が単純に利益増を意味するわけではないものの対テロ戦争後に兵器売上高が大幅増加したのは事実です。そして、売り上げと利益には因果関係があります。
こうした兵器市場全般の動向を見れば原書房「世界軍事情勢〈2005年版〉」の「しかし01年米同時多発事件以降、アフガン、イラクを中心とする紛争の再発で、軍需産業界は再び活況を呈し始めた」という分析も当然のものでしょう。
軍需産業は戦争で儲かる」という古くからの常識に反する「今の時代、軍需産業は戦争で儲からない」という俗説は対テロ戦争後の兵器市場を見る限り概ね誤りです。

全体的傾向から外れた個々の事例の列記により誤った印象を生み出す手法

確かに個々の事例で見れば儲からない例はあります。
アメリカの場合、第二次世界大戦では中戦車のM3とM4の生産を優先するために重戦車M6がキャンセルされました。
ベトナム戦争の時代には主力戦車開発計画(MBT70)がキャンセルされました。
そして、今の対テロ戦争ではステルス偵察戦闘ヘリRAH-66コマンチがキャンセルされました。
このように個々の事例では戦争で儲からなかった(ように見える)例はあります。
しかし、全体で見ればどうでしょうか。
ベトナム戦争の時代にはMBT70が中止されましたが、その一方で目前の敵に対抗するための兵器開発は進みました。熱帯雨林と地下壕に潜むゲリラの隠れ場所を無くすための枯葉剤、ゲリラを熱帯雨林ごと焼き払うナパーム、敵防空ミサイル網を制圧するための一連の兵器群と、兵器の開発と改良と生産に多額の資金が投入されました。
今の対テロ戦争ではRAH-66が中止されましたが、その一方で地下壕破壊のための地下貫通型原爆、暴徒鎮圧用電磁波兵器、都市空爆での巻き添え被害を低減するための小型精密誘導爆弾と今の戦場に対応することを目的とした兵器開発が進んでいます。
そもそもRAH-66の計画中止自体、対テロ戦争の所為でしょうか?
RAH-66の中止理由を読む限り、それは対テロ戦争による支出増大の皺寄せというより、冷戦終了後の国防費削減に伴い開発が遅れているうちに米軍の「航空戦力の無人機化」*3という大きな流れに飲み込まれてしまったためです。RAH-66の担う予定だった役割は新規開発の無人機が担うことになり、開発費はそちらに使われることになったわけですから。
閑話休題
そういう戦争で儲からなかった個々の事例を恣意的に選択して列記すれば、情報を知らない人に対してであれば「軍需産業は戦争で儲からない」という印象を与える文を作り出すことができます。
例えば「レイセオンとハネウェルは確かに兵器売上高は上がったが民需の低下により総売上げは下がってしまった。ボーイングに至ってはRAH-66がキャンセルされて大損害だ」というように。
事実を並べるだけでも嘘は吐けるということです。

*1:ロッキードマーチンは小幅の上昇

*2:「戦争で国防費が増えても食料や燃料といった兵站が増えるわけで兵器の売り上げが増えるわけではないから軍需産業は儲からない」という俗説は誤りということ

*3:陸海の無人機化も開発が進んでいます